#自分探しや生きる意味や目標等々について

下記はずいぶん前(若い頃)に認めた文ですが、

□自分探し・・・生きるために食い物探しが精一杯・必死で、自分探しを考える時間が無い。つまり、自分など探していない。

□生きる意味・・・同上(考えたこと無い、おこがましい)

□目標・・・その時、その時を、生きるのに必死で目標を考える時間が無い。敢えて言うなら、目標はその時その時を生きる事。細かく云うのなら前出の「食べ物」を確保することに夢中。

□食べ物が無くなるのではないか?食べられなくなるのでないか?という恐怖!?が頭中一杯で、・・・それ以外考えられない、つまりそんな余裕が無い!!

今更ながら何を言いたいかというと、「贅沢なことを考えるな」という事です。生きることを精いっぱい考えて、どんな姿になろうと、みじめな姿になろうと精いっぱい生きる事です。よく聞く話では、表題の他に、友達がいない等と嘆いている人が居りますが、私も友達は一人も居りません。でも、76歳まで生きております。面白い世です。今後も「生」ある限り生き抜いて世の中の移ろいを観たいと想います。例えば、路上生活をしても周りを見渡して食べ物を探して自然に死ぬまで生きていきますね。ところで、路上生活をした時、周りの人の反応が面白いのではないか?などと考えております。食べ物が手に入らなければ死にますが、自然死であればOK・大丈夫です。自死は絶対にダメです!!

※ついでに、家訓四ヶ条も認めておりましたね。

  • 1、人に迷惑を掛けない
  • 2、人を助け役立つよう
  • 3、お互い様

*助ける時、助けて欲しい時、迷惑をかけるからなどと心配や遠慮せずに「お互い様」の精神で助けを求めて良い。

*四千年の歴史を謳う彼の国は、長年の奴婢奴隷制度の為に、「生き抜く為には、人から迷惑を掛けられない様にするのが最善だと、ご先祖・親から引き継ぎ、見ざる、言わざる、聞かざる、考えざる、施ざるが遺伝子・DNAに刷り込まれております。そしてそれは、他人に迷惑を掛けて当たり前で、迷惑を掛けられるのは人は「馬鹿な奴だ」と考える事が普通の当たり前の事として生きて来た人達なのです。残念ながら日本もそうなりつつありますね。

  • 4、「半畳、一畳、二合半」、慎ましく生きる。